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日記:ノルウェイの森の大学生

 村上春樹の『ノルウェイの森』を読んだ。期待しすぎたのがいけなかったのか、俺が勝手に求めていたものと違っただけなのかは分からないが、どうもなんだか消化不良な読後感だった。

先に言うと、文章そのものはとてもよかった。特に街は生き生きとしつつも落ち着きのあるシックな目線で描かれており、村上春樹フィルターみたいなものが貼ってある窓が備え付けられた喫茶店なら、いくらでも長居できそうな気がした。どこか物寂しい都市や人々の様相には絵画的な美しさがあり、リアルな夢のようなノスタルジーと存在感があった。また、登場人物、特に主人公の会話が(一部を除けば)論理的で言い回しも面白く、好感が持てた。

しかし、その主人公を含むほとんどの登場人物の思考や言動が、どうにも不可解だった。これは俺の読解力に問題があるのかもしれないが、全体的に何を考えているのか分からなかった。それこそ肖像画のロールプレイングゲームを見せられているようだった。どうしてその言動が出てくるのか、どういう発想と思考回路を以てその結論に達したのか、というようなことが疑問だった。ただ、自身の信条みたいなものがしっかりあり、それを作中で説明する永沢さんや突撃隊みたいな人物は、まだ理解できた。


 この辺は、おそらく俺と主人公が全く違う人物であることに由来しているのだと思う。この本の主な話題は、主人公がだいたい19歳になってから20歳を少し過ぎるくらいまでのエピソードが中心になっている。よって、年齢はほぼ同じだ。地元を離れて下宿をしながら大学に行っているというところも共通している。こうして共通点を見つけて、なんとなく(最初は)親しみを持っていたのが失敗だったといえばそうでもある。

要するに、自分はあの物語においては突撃隊側というか緑の恋人側の、面白くない人間なのだろうということだけが分かった。そういうところで、あの世界観と分かり合えないのだろう。俺がなんかおかしい側の人間で、ああいう習性もしくは思考の大学生のほうが世間では一般的なんですよ、なんていうことは信じたくないが、もしそうだとしたら、俺は完全にお手上げだ。

そもそもあの主人公にはどことなく大人っぽい割り切った冷静なところがあって、俺は高校の倫理の先生に性善説を否定された程度の人間なので、要するにまだ子供なだけだという部分もあるのだろう。まあ、スコールとマッチを年一回でも飲めればあとは水道水を飲んで、図書館で必死にレポートを書いて、オーブンレンジでスコーンを焼いて、植物標本を作って、あとは本を読むか SNS を眺めるかして過ごしているような大学生の話を書いたって、何も面白くないといえばそうではある。


 ただし、どうも書評によれば生死と性愛がテーマではあるらしいので、それが理解できないんだったら分からなくても当然かと思わないこともない。俺は死生観に関して言えば、どちらかと言うと緑寄りの人間なのではないかと思う。なぜ人間は生きているのかを考え続けてきた反動なのか、人間が死ぬということが、細胞の機能停止と行政上の手続き以上にどういう意味を持つのか、今一つ理解できていない。そもそもが物語を作れない側の人間であり、それゆえに理解できないストーリーがあるということなのだろうか。

お前が単純で頭がお花畑なのだと言われれば、そうかもしれませんすみません、と言わざるを得ないが、あれがリアリティ小説なら俺の現実はファンタジーなのか? とも思う。もしくは、人はいつか死にます、よって別れがあります、遺伝子を残すために交尾をします、でも人間なので愛があります、といったような、人生の要約ともいえる壮大なテーマを文学として纏めたらこうなりました……という表現をすれば、ああならざるを得ないのかもしれない。そもそも俺が生まれる前の小説なので、時代感から違う。その上感性が全く違うのであれば、もう諦めるしかないのだろう。


 ちなみに似た印象を受けた小説に『赤頭巾ちゃんこんにちは』がある。これは例によって高3の冬、受験シーズン真っただ中に読んでいた本だが、男女の恋愛と主人公の精神的な成長、あと似たような境遇の主人公が出てくると言うと、やはりなんとなく似ている気がする。

しかし、この小説は結構好きだった。突然脱ぎだす女性医師とか、ヒステリーで静かに脅してくる女子は出てくるが、行動の原理が皆目見当もつかないような人間は出てこなかったように思う。彼らの事情もなんとなく分かったし、ストーリーも理解できた。人も死なない、高校生向けの童話とでも言うような、平和な小説である。リアルな世の中に疲れている人と、俺のような現実逃避学生には、こっちのほうがおすすめかもしれない。


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 ログハウスでも燃やすか……。

どうもこんにちは、ノルウェイのマドロイドです。

日記です。


 いきなりどうしたんだ、という感じですね。実はこのところ個人的な日記を書いてまして、これもその一つです。今日の日記ではないのですが、なんとなく引っ張ってきました。日記は本当にただの日記なので、大学のことのような個人情報が入っており、全文の公開はできません。でも、こういう感想や、改変して出せそうなものはここに載せていこうかと思います。あと、上のマイナスの群れはメールで使っている飾り枠です。日記とこのパートを分けたかっただけで、特に意味はないです。

ちなみに、なぜ突然『ノルウェイの森』を読んだのかというと、最近知り合った人が村上春樹が好きだというので、おすすめを訊いたらこれがいいと言われたからです。何も知らずに読んだのですが、『ノルウェイの森』ってビートルズの『Norwegian Wood』の邦訳なんですね。森じゃないじゃん、と思いましたが、聞いてみればこんな曲があったな……という感じでした。


 話は変わりますが、最近は Twitter の創作アカウントが(比較的)まともに動いています。相変わらす落書きばかりですが、衣装設定をまとめたり、創作関連の呟きをツイートしたりしています。あと、pixiv の投稿を作り直して、ついでに過去の絵もまとめてみました。デザインが違う初期設定とか、そもそも本当にイラストの描き方が分からなかった時代のものとか、自分で見ても誰だこいつ……と思うような絵ばかりですが、興味がある方はご覧ください。

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それではまた。

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